NHK朝ドラ『エール』 について

『ミリタリー・カルチャー研究――データで読む現代日本の戦争観』の3-6「軍歌を歌えるか」(吉田純)では、2020年度前期のNHK朝ドラ『エール』 について、「日本に暮らす人びとにとっての「戦争」の意味を繰り返し描いてきた「朝ドラ」が、この作品で古関[裕而]の音楽を通して、どのような新たな「戦争」像を呈示するのかが注目される」と書きました(同書221頁)。

ドラマはいまちょうど戦時編が終わり、戦後編がスタートしたところですので、このタイミングで、上記へのフォローの意味でコメントをおこなっておきたいと思います。

 

第15週から第18週まで4週続いた戦時編、とくにその最終週「戦場の歌」では、その「音楽を通した新たな「戦争」像」が、おそらくこれまでの朝ドラにはなかった角度から鮮明に呈示されたのではないか、と感じました。

それはやはり、「音楽」というフィルターを通すことで、初めて可能になったのではないかと思います。その理由を考えるうえでひとつの手掛かりになるのが、(主人公・古山裕一のモデル古関裕而の多くの曲で印象的な) 明朗な長調と哀調を帯びた短調との鋭いコントラストです。

第18週では、前線近くで補給路を警備する部隊の隊長となっていた恩師・藤堂先生(森山直太朗)が、裕一の作曲した『ビルマ派遣軍の歌』を、とても明るく伸びやかに歌う場面が印象的でした。が、その直後の突然の敵襲で藤堂先生は敵弾に斃れ、裕一は戦場の現実を初めて肌で知り、恩師の死に慟哭します。明るい長調の歌とのコントラストの激しさゆえに、戦場のリアリティが際立つのです。(この場面の主演・窪田正孝の演技は、森山直太朗がインタビューで語っている通り「鬼気迫る」ものでした。)

 

一方、それまでに裕一が作曲し、戦時下に大ヒットした『露営の歌』『暁に祈る』『若鷲の歌』などでは、「哀調を帯びながらもまた勇ましく」(『露営の歌』についての新聞記事)と評された通り、人々の感情を揺さぶる短調の旋律がきわめて印象的でした。

『露営の歌』の譜面を見たコロンブス・レコードのディレクター(古田新太)が「なんだ、短調なの」と意外そうに言うのは、当時、「軍歌」に対して一般的に期待されていた戦意高揚のための「勇ましい」曲調との齟齬を示唆しています。

さらに、長調・短調の2曲が作曲された『若鷲の歌』では、予科練の練習生たちが短調の曲を圧倒的に支持する場面 (これは史実に基づく) も非常に示唆的です。この歌は、むしろ哀調を帯びた短調で書かれているからこそ、辻田真佐憲さんが指摘する通り「人々の感情をこのうえなく効果的に動員」することに成功したのでしょう。

 

そのように、自らの音楽によって大衆の「感情を動員」し戦争協力をおこなったことを、裕一は激しく自責し苦悩します。この描写によって、「戦う人を音楽で応援したい」という彼の思いや、それを圧倒的に支持した大衆の思いが純粋であればあるほど、それらが「戦争」という最も巨大な文脈へと回収されていくという矛盾に満ちた悲劇が、効果的に表現されていたようにも思います。

戦後編最初の第19週で、『長崎の鐘』の原作者・永田医師(吉岡秀隆)が裕一に言う、「贖罪ですか」「『長崎の鐘』をあなたご自身のために作ってほしくはなか」という言葉は、そのような矛盾の解き難さを指摘しているとも解釈できるでしょう。また、その『長崎の鐘』の曲が短調で始まり、後半の「なぐさめ はげまし……」で長調に転ずるのは、彼自身の、そうした解き難い苦悩からの救済への祈りであるようにも聴こえます。

 

以上のようにこのドラマは「音楽を通して戦争を描く」という新たなアプローチに、多くの点で成功しているように思いますが、これも辻田真佐憲さんが上記記事で鋭く指摘している通り、「軍歌」という言葉の使用を徹底して避けている点は、やはり画竜点睛を欠くと言うべきでしょう。「戦時歌謡」という(実際には戦後の造語である) 言葉を、あたかも「軍歌」とは別のジャンルであるかのように用いることは、上述のような「大衆の感情の動員」のメカニズムの全体像を曖昧にしてしまう、という危険性をはらむからです。

また、上述のように、裕一が自らの戦争協力の責任に苦悩し、長く曲が書けなくなってしまうという描写が、必ずしも史実には沿っていない点についての批判もありうるでしょう。この点は、そもそも実在の人物を含む史実と、それをモデルにした作品との関係がどうあるべきか、というかなり根本的な問題でもありますが、基本的にはエンターテインメントである朝ドラに、厳密に史実に迫り、主人公のネガティブな側面をも描くことまでを期待するのは、いわば「筋違い」であるとも言えるでしょう。

それよりも、あえてモデルを美化したともとれるフィクションを挿入することで、上述のような「感情の動員」がはらむ根底的な矛盾を表現し得た点を、むしろ積極的に評価すべきではないでしょうか。

 

なお、古関裕而をめぐる史実については辻田真佐憲さんの近著『古関裕而の昭和史――国民を背負った作曲家』 (文春新書、2020年)が、史実と朝ドラ『エール』との異同については同じく辻田さんがYahoo!ニュースに連載している記事が、それぞれたいへん参考になります。

(吉田純)

土浦・陸上自衛隊武器学校にある『若鷲の歌』歌碑(吉田撮影)

「平和・安全保障問題に関する世論調査データベース」公開

当ミリタリー・カルチャー研究会ウェブサイト内にて、「平和・安全保障問題に関する世論調査データベース」を公開しました。このデータベースは、戦後から現在まで日本国内において行われた、平和・安全保障問題に関する世論調査のデータ400件強を収録しています(2020年10月現在)。

詳しくは、「このデータベースについて」をご参照ください。

『ミリタリー・カルチャー研究』書評(朝日新聞)

『朝日新聞』2020年9月12日付・読書欄に、『ミリタリー・カルチャー研究――データで読む現代日本の戦争観』書評が掲載されました。評者は生井英考氏(立教大学アメリカ研究所)、「実体験とサブカルをつなぐ意思」というサブタイトルで、下記のように評されています。

日本には戦友会や戦争体験の社会学的研究の豊富な蓄積がある一方、オタクなどのサブカルチャー研究は別次元をなし、双方の連携は個人の域に限られてきた。本書にはそこをつなぐ意思の堅実な表明がある。

なお、最後に「宮崎駿作品の影響に触れていない」とも鋭く指摘されています。宮崎監督のアニメ映画作品は、本書の基礎になった調査(2015年)での「戦争や軍隊・軍事組織をテーマ・舞台・背景としたマンガやアニメで、あなたが推薦する作品を教えてください」という設問の回答上位10位以内にはなかったため、本書では言及しませんでしたが、回答の下位には下記の4作品が挙がっており、日本のミリタリー・カルチャーの一角を占めていることが示唆されています。

  • 『風立ちぬ』 (15位、6名)
  • 『風の谷のナウシカ』 (20位、4名)
  • 『天空の城ラピュタ』 (29位、2名)
  • 『紅の豚』 (60位、1名)

2019年度の研究実績概要 (科研・基盤研究(A))

科研・基盤研究(A)「現代日本における戦争観・平和観の実証的研究」第2年度(2019年度)は、下記のように研究を進めました。

  1. 計10回の定例研究会 * を京都大学にて開催し、研究成果公開のための共著書の出版の準備を進めました。共著書の全原稿を2020年2月に完成・入稿し、吉田純編・ミリタリー・カルチャー研究会著『ミリタリー・カルチャー研究――データで読む現代日本の戦争観』として、青弓社から2020年7月に刊行予定となりました。
    * 2019年4月14日、5月26日、6月30日、8月7日、9月16日、10月22日、11月24日、12月22日、2020年1月12日、2月9日
  2. 2019年8月26日~28日、青森県の3つの自衛隊関連施設(陸上自衛隊青森駐屯地、海上自衛隊大湊地方総監部、航空自衛隊三沢基地)を訪問し、3自衛隊の広報活動担当者などの幹部自衛官からの聞き取りや、施設・装備および活動全般についての現地調査をおこないました。
  3. 先行研究の検討、上記定例研究会や現地調査で得られた知見、および既存の政府や報道機関による世論調査の結果等を総合的に精査し、今後の研究計画、とくに第3年度(2021年度)に実施する、戦争観・平和観に関する全国規模調査の調査項目の検討の基礎となる知見を集約しました。

『ミリタリー・カルチャー研究――データで読む現代日本の戦争観』刊行のお知らせ

当研究会の共著書『ミリタリー・カルチャー研究――データで読む現代日本の戦争観』が、2020年7月、青弓社から刊行されることになりました。

2015、2016年に実施した「戦争・軍事組織のイメージに関するインターネット意識調査」のデータに基づき、現代日本のミリタリー・カルチャーを多角的に分析したものです。

詳細は、出版社のページをご参照ください。

青森県での現地調査

2019年8月26日~28日、青森県の自衛隊関連施設等を訪問し、自衛隊の広報活動担当者からの聞き取りや、施設・装備および活動全般についての現地調査をおこないました。詳細は下記のとおりです。

  • 8月26日(月)
    陸上自衛隊青森駐屯地防衛館にて担当者から展示内容について説明を受けたのち、八甲田山雪中行軍遭難事件(1902年)の関連施設 (後藤房之助伍長銅像、八甲田山雪中行軍遭難資料館、幸畑墓苑) での現地調査をおこないました。
  • 8月27日(火)
    海上自衛隊大湊地方総監部にて、広報担当幹部らから広報活動の内容、北洋館(資料館)の展示内容、および施設・装備等について実地説明を受けたのち、酒井良・大湊地方総監(海将)、近藤奈津江・幕僚長(海将補)、木内啓人・管理部長(一等海佐)と、大湊での海上自衛隊の活動全般について面談をおこないました。
  • 8月28日(水)
    航空自衛隊三沢基地にて、広報担当幹部らから施設・装備等について実地説明を受けたのち、小林賢吾・第3航空団司令部監理部長(二等空佐)から、三沢での航空自衛隊の活動全般について説明を受け、質疑応答をおこないました。

八甲田山雪中行軍遭難資料館

 

海上自衛隊大湊基地にて

戦友会データベースについて

「戦友会データベース」は、2019年8月20日、旧「戦友会研究会」サイトから、この「ミリタリー・カルチャー研究会」サイト内に移転しました。
ひきつづきご利用のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

2018年度の研究実績概要 (科研・基盤研究(A))

このたび、本研究会の研究課題が、日本学術振興会・科学研究費・基盤研究(A)「現代日本における戦争観・平和観の実証的研究」(2018~2021年度、研究代表者:吉田純・京都大学教授) として採択されました。

第1年度(2018年度)には、第3年度(2020年度)に実施する戦争観・平和観に関する全国規模調査の準備を、下記のように進めました。

  1. 計8回の定例研究会* を京都大学にて開催し、当研究会が2015・2016年に実施した軍事・安全保障問題への関心が高い層を対象とした意識調査の結果に基づき、その研究成果公開のための出版計画** の準備を兼ねて、調査項目の詳細な検討を進めました。
    * 2018年4月22日、5月20日、6月10日、9月17日、11月18日、12月23日、2019年2月2日、3月16日
    ** 吉田純編、ミリタリー・カルチャー研究会『現代日本のミリタリー・カルチャー』、青弓社、2019年刊行予定
  2. 2018年7月15日、(公財)政治経済研究所にて、ゲストスピーカーとして赤澤史朗・立命館大学名誉教授および北河賢三・早稲田大学教授を招いて、戦争責任論に関する研究会を開催し、赤澤名誉教授の近年の研究業績に関する質疑応答・討論をおこない、当該問題領域に関する知見を深めました。
  3. 2018年8月24日~26日、北海道の陸上自衛隊東千歳駐屯地(第7師団)戦車博物館、旭川駐屯地(第2師団)北鎮記念館、および札幌・真駒内駐屯地(第11旅団)史料館にて現地調査を実施し、自衛隊の広報活動担当者からの聞き取りや、展示内容等についての情報収集をおこないました。
  4. 2018年10月7日、愛知県西尾市・三ヶ根観音の戦没者慰霊園にて、約80基の慰霊碑の現地調査を実施し、戦没者慰霊の現状についての知見を深めました。
  5. 上記の (当研究会の研究を含む)先行研究の検討、研究会や現地調査で得られた知見、および既存の政府や報道機関による世論調査の結果等を総合的に精査し、今後の研究計画のための基礎となる知見を集約しました。

 

東千歳駐屯地(第7師団)戦車博物館にて

 

愛知県・三ヶ根観音戦没者慰霊園にて

関西社会学会第67回大会シンポジウム「戦争と軍事文化の社会学」特集

関西社会学会第67回大会シンポジウム「戦争と軍事文化の社会学」(2016年5月29日)の「特集」が、同学会の機関紙『フォーラム現代社会学』第16号 (2017) に掲載されました。内容は下記の通りです。

 

関西社会学会第67回大会シンポジウムについて

関西社会学会第67回大会のシンポジウム「戦争と軍事文化の社会学」において、本研究会の研究成果に基づく報告・討論がおこなわれます。

  • 日時 5月29日(日) 13:30~16:30
  • 会場 大阪大学・吹田キャンパス 人間科学研究科本館 51講義室
  • コーディネーター  吉田 純 (京都大学)
  • 報告者
    福間良明 (立命館大学)
    福浦厚子 (滋賀大学)
    吉田 純 (京都大学)
  • 討論者
    高橋三郎   (京都大学名誉教授)
    石原 俊   (明治学院大学)
  • 司会者
    伊藤公雄 (京都大学)
    油井清光 (神戸大学)

趣旨

このシンポジウムでは,戦争と軍事文化が現代の社会・文化の中で,いかなる位置付け・意味をもちうるのかというテーマを,社会学と隣接領域との対話を図りながら追求したい。

集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法の成立は,戦後日本の平和主義の大きな転換点をなすとともに,メディアや街頭での広範な反対世論の盛り上がりは,きわめて注目すべき社会現象となった。それは,戦後日本の安全保障問題をめぐる言説空間において,しばしば隠蔽ないしは忌避されてきた,戦争・軍事のリアリティにどのように向き合い,それに対する態度決定を行うべきかという課題に国民を直面させたという点に,その社会的衝撃の本質があったとも考えられる。そこで問われていたのは,国民の戦争観・軍事組織観を基礎とする軍事文化そのもののありようであったとも言えるのである。

一方,現代の軍事文化は,その具体的な表象として,

  1. 映画・漫画・アニメなどのポピュラーカルチャーの中に表現される戦争や軍事組織
  2. 自衛隊という現実の軍事組織の内外に形成される文化

という2つの領域において,顕著な展開を見せている。この2つの領域における軍事文化の構造と変容を明らかにすることを手掛かりとして,現代日本の軍事文化の全体像に迫り,ひいては平和・安全保障問題をめぐる言説空間に一石を投じることを図りたい。